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当事者だからこそ、伝えたい思いはある。

リカバリーJAPAN 2017年6月正式オープン


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管理人のリカバリーストーリー

なお

私は1976年生まれで、2016年現在、40歳です。

幼少の頃に親が離婚し、母子家庭で育ちました。

その間、壮絶ないじめを経験し不登校を経験したり、親の再婚が原因で荒れた生活を送ったりもしましたが、大学は情報学部を出て、中小のIT企業に入社しました。

研修終了後他の会社に出向し、3年目までは順調な社会人生活を送っていました。

しかし、部署の異動で本社に戻ると、残業、徹夜の連続。

当時の先輩がかなり問題ある人で、ミスはなすりつけるなど無茶苦茶で、次第に身体は眠れなくなり、ミスも次第に増えていき・・・

で、あまりに調子悪いので地元のメンタルクリニックに行きました。

診断は重度のうつ病で、即休職する必要があること。そして、会社には休養6カ月の診断書を書いてもらい、すぐに休職。

もともと他の社員が月400~500時間の労働をさせる会社だったので(しかも残業代なし)、見切りをつけて退職。

傷病手当金をフルに使って2年ほど休み、別のIT会社へ就職して再出発。

しかし、ことは順調には行かず、就職直後、親に追い出されて一人暮らし。

仕事は順調に行ってたものの、身体は病み上がり。

その反動は翌年、再発という形になります。

短期間の休職後、職場に戻ったものの身体は治らず。

休職で会社との関係がギクシャクし、退職することを決意。

しかし、休職などで貯金がなく、さらに親に勘当されていたので戻る場もなく。

やむなく、別の会社に移るも身体が治ってないので長くは続かず。で職場を転々とする毎日・・・

そんな生活が数年続いたのでしょうか・・・

でも、働けば働くほど症状は酷くなり、ついには完全に働けない身体になってしまいました。

幸い、障害年金の制度を知って、ある程度は食いつないでましたが、あまりの辛さに絶望し、一回目の自殺未遂をする。

11月の樹海に向かう。首吊る準備もしてたけど、怖くてできなかった。

なので、お酒と睡眠薬を大量に飲み、凍死しようとした。

そんなときに母親から電話があって、実家に戻ることにはなったが、継父とは上手く行かず、再び出てけと言われる。

その状況に絶望し、今度は持ってる薬を大量服薬。即病院。

そのことが原因で診断が双極性障害に変わり、薬も変わる。

その後、自分の病気のことを良く知るために東京にある当事者会へ。

そこで仲間もでき、当事者会を作ってしまい、さらに病気のことを知ることができた。

また、一人暮らしを再開することになり、徐々に身体が良くなる。

地域生活支援センターでボランティアをし、その後作業所に通い、同時に当事者会の経験を生かし、ピアサポート専門員の資格も取り、短期間ではあったがグループホームの世話人の仕事も経験し、福祉の世界も知ることができた、

この経験をどうにか生かしたい。

作業所には通うものの、自分の本職はホームページを作ること。

「このサイトで食べて行く。」

2016年秋、リカバリーJAPANを立ち上げる。

自分自身のリカバリーの道はまだ半ばですが、自他がリカバリーしていく希望を込めて。





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